ぽりたんたんblog

30代フリーランスの何気ない日常とエッセイ。

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劇場版「鬼滅の刃」無限城編の感想を言語化して成長

注)映画の本筋とまったく関係ないことを書いているのでネタバレはないし、ほぼレビューになっていません

先日、話題の映画を観てきた。『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』である。世界中で大ヒットしてるらしい。早速、感想を言語化しよう。

kimetsu.com
ところで僕は歳なのか最近トイレが近くなってしまったようで上映中一度はトイレに行く。座席も通路を意識して選択するくらいだ。だが、この映画はそんな尿意すらも忘れて物語の世界に没頭できる。なんと一度もトイレに行かなかったのだ。

それくらい、何も考えずに無心で物語の世界に没頭できた。正義と悪がハリウッドのアクション映画のように分かりやすく激しくぶつかりあう。そこに要所要所、過去の回想シーン(特に悪役にもハイライトを当てて)という共感要素を挟んでくるのが今どき(?)の少年漫画っぽい。ちょっと回想シーン多い気もしたけど。

いや、でも、激しいアクションシーンと人物像を丁寧に描いた回想シーンの緩急こそが、海外のアクション映画にはない日本のアニメ作品特有の魅力でもある。やっぱり日本人って「他人のプライベートのぞいてみたい欲求」とか「共感したい欲求」みたいなのがあるんだろうね。ブログやVlogで「何気ない日常」をテーマに日記などを発信する文化が日本特有なのと、今どきの少年漫画に回想シーンが多いのとは関係がありそうだ。

ちなみに僕、「鬼滅の刃」は映画とYouTubeの切り抜き動画しか観たことがない。なので詳しいことはよく知らないんだけど、基本的にこの作品に出てくる悪役の鬼って「自己研鑽(じこけんさん)して強さを追い求める」みたいな地に足のついた努力家が多くないだろうか?特に鬼の位(くらい)が高いほどこの傾向が強い気がする。ストイックでひたむきで、そこだけ見ると好感が持てるのだ。

いや、じゃあなんで人間から憎まれているのか?というと、それは「鬼が人間を襲うから」なんだよね。鬼が人間を襲う理由は大きく2つある。

一つ目の理由は「鬼は人間の血肉を糧(かて)としており、生存のために人を襲う」というもの。なるほど筋は通ってる。人間の立場としては退治せざるをえないけど、僕もタンパク質は大好きだ。

二つ目の理由はラスボス(鬼舞辻無惨)の目的である「太陽を克服すること」。これを達成するため。そのために「太陽を克服できる能力を持つ人間を鬼化させ、その力を取り込む必要がある」らしい。言い換えれば「鬼化しても太陽で死なない人間を見つけるために実験を繰り返している」わけだ。

いや、首を切られても死なないとこまで自力で克服できたんだから、太陽も自力で克服しろよ、とも思うがそこは違うらしい。いや、でも、人間も医学や薬学の進歩のために動物実験繰り返してるわけだしね、分からないこともないか。

と、ここまで書いて一つ気づいたことがある。鬼滅の世界の鬼は、現実世界の人間を表しているのではないか?と。鬼舞辻無惨は無限に広がる人間の飽くなき生存と進歩への欲望そのものだ。実はこの作品、資本主義社会へのアンチテーゼなのでは?

観てるときは何も考えずに観れたけど、こうやって改めて言語化してみると気づけなかった別の視点の存在に気付く。意外と奥深い作品だったんだなー。

ばいちむ